傍に…




季節は幾度も繰り返して
その度に 年を重ねて
俺は 煙草を覚えた。
深く吸い込んだ煙が肺いっぱいに広がって
言葉には出来ない充足感が俺を満たしていく。
…そんな気分にさせる理由は
たった一つしかないけれど。



「…なぁ、明日はドコに行くんだ?」
俺は椅子の背もたれに顎を乗せて源泉の横顔をチラリと見つめた。
初めて会ったときより遥かにオッサン臭くなった筈の横顔はそれでも、 あの時より若返ったように溌剌としていて。
……ほんとにあれから8年の月日を費やしたのかと疑いたくもなる。
「ん〜?…ま、それは明日になったら分かるって」
だから、待ってろよ
問いに全く答える気のない源泉ははぐらかすように惚けて笑って新聞から視線を外して俺を見た。
心なしかその口調は普段と違って、また何か企んでいるという事は容易に想像できた。
……その"何か"が分からないのは少しだけ、悔しいけど。
「…教えてくれないって訳、か」
興が殺がれた。
そんな雰囲気で表情をあまり変えることなく片眉を吊り上げてジト…と源泉を見つめる。
そんな事をしても無駄だけど、何か返さないとそれも悔しい気がするから。
「そ。どーせ日が落ちてまた日が昇れば分かるんだからそう、焦る事もないだろ?」
うんうんと自分の言った事に自分で何度も頷きながら、源泉はひしゃげた煙草を歯でクイッと動かした。
その、自信たっぷりな顔は8年前から全く変わらない。
「そうだな。」
あっさりと納得したように見せかけて源泉の胸ポケットに手を伸ばすと煙草を一本拝借する。
ニホン が漸く復興したといってもまだ、完全というわけではなく未だに煙草は結構貴重だったり…
源泉のポケットから勝手に取り出した煙草を咥えると、俺は椅子の背もたれからゆっくりと顎を離した。
「…源泉の言う理屈は分かった。けど、やっぱ気になると困るから今日はこのまま寝る事にする」
「えっ!?」
耳元に顔を寄せて悪戯っぽい口調で囁き、座ったまま驚いて目を丸くしたまま俺を見た源泉の髪を指で優しく梳いてやる。
5日間、丁度仕事が立て込んでいて俺たちは肌を合わせていなかった。
今日あわせなかったら記録更新どころかまた…こんな風にゆったり出来るのはいつになるのか分からない。
それは計算のうち。
マジかよ…
動揺を隠せない彼の瞳がそう言っているように微かに揺らぐ。
これも、作戦のうち。
「…源泉、煙草が落ちそう……」
源泉はよほど驚いたらしい。
口から落ちそうになっている煙草をきちんと源泉に咥えなおさせてやる。
大人しくされるままに煙草を咥えなおした源泉の様子に上手くいったと心の中で呟いた。
「…焦らず、ゆっくりでもいいんだろ?」
もう一押し。
俺はゆっくりと源泉の顔に顔を近づけて瞳を覗き込む。
暫く、沈黙が続いた。
長くとも短くとも取れる時間の推移の中。
優しさだけでなく今日は焦りすら見れる彼の瞳は見ていて飽きる気がしなかった。
「……………分かったよ」
降参だ。
そう言うかのように両手を軽く挙げながら源泉は苦笑交じりに俺のほうを向いた。
「言やぁ…良いんだろ?」
全く、俺の計画をことごとく明かす事に喜びを見出しやがって。
ぶつくさと愚痴を言うのが聞こえると思っていたら、源泉の両手が俺の頬を包んでいた。
コツッと額同士が軽くぶつかり合って源泉のふざけているようで実はかなり抜け目のない眼差しが俺の瞳を捕らえる。
「……トシマだよ。ようやく落ち着いたってさ、聞いたし……」
少しだけ、見たかったんだ
最後の言葉を言う時、源泉の顔は俺の見ていなかった。
やや下に落とされた表情はどこか懐かしむような、苦しそうな笑みだった。
「記念日、だろ?明日。だから仕事とか関係なく見てきたかったんだ」
「……源泉」
かけてやるべき言葉を捜しあぐねて、俺は名前だけ呼ぶとそのまま口を閉ざさざるをえなかった。
「だぁーってよ、お前、気になるだろ?…トシマに戦争の傷跡が残っていてもいなくても」
俺たちは直視しなきゃいけないんだ。
わざとおどけたような口調で言いながら、それでも再び俺に視線を戻した 真剣そのものな瞳。
「…そう、だな」
その真剣さに押されるように頷いた。
どんなに月日が流れても、誰も記憶を操作する事は出来ないから。
全てを忘れないためにも直視するべきなのだ。
運命に流されたのか、運命に弄ばれたのか
そんなことなど関係なく。
純粋に今、時期が来たのだと源泉も思ったんだと思う。
…俺はそんな源泉の気持ちに正直な気持ちで頷いた。
「でも、なんでそんな事を黙っていたんだよ」
可笑しいだろ?
ふと脳内に浮かび上がった疑問をそのままぶつけ、俺は咥えたままだった煙草を源泉の煙草の先に付け火をともした。
胸いっぱいに息を吸い込むとフィルターを越えてきた煙が答えを待つ俺に充足感を与える。
「ん?……なんで黙っていたかって?」
源泉は俺の言ったことをただ繰り返した。
…誤魔化そうとしているらしい。
出あった頃から全く変わらない源泉の癖。
微笑ましいといえば微笑ましいが、そんな事で俺は誤魔化されてやらない、とも思う。
「そうだよ。わざわざ黙っているような事でもないだろ?」
額同士をくっつけたまま瞳を覗き込む。
すると先程まで真剣だった瞳が、微かに揺らいだ。
ほら、と視線だけで促せば源泉は拗ねた表情で唇を少し尖らせた。
「……3年前、記念日って言った時に苦しそうな顔してただろ?それがなんか嫌だったんだよ」
3年前。そう言われて二人でいった景色の綺麗な場所が記憶によみがえる。
確かにその時源泉は記念日といい、そして


墓場まで連れて行く…って決めた日でもある



なんて言っていた。
当たり前だと感じていたことを改めて言われて無性に恥ずかしいと感じたことを思い出した。
「そんな顔をされるくらいなら、アキラをどっかに待たせておいて俺だけ見に行こうかって…考えてたんだよ」
言葉の後ろの方は小さくて聞き取りづらかった。
「なんだよ、それ……」
だけど、源泉一人というくだりは確かにアキラの耳に届いていて 納得できないような、けれども自分を思っての判断だと理解もしているから苦笑だけが零れていく。
「オッサン、年取って臆病になったんじゃないのか?」
馬鹿だよな
そう笑いながら今度はアキラが源泉の瞳を覗き込んでいた。
「俺は、どんな所へでも、何時でも、源泉の傍にいるって当然の事だと思ってたけど?」
だから、一緒に行くよ
源泉と同じ銘柄の煙草を咥えて、笑いながら告げる俺の言葉は 自分でも分かるくらい、真っ直ぐだった。

FIN





ハイ。源アキの2作目です。 アキラたんが源泉、源泉と連発しておりますが それはそれ。やはり年月が物を言うというコトで。 より親しくなったとお考えクダサイ><。 …対等な関係っぽい話が好きなんです。 二人称が「アンタ」でも好きなんですけど… つかこれ…源アキっぽくな………(吐血)

◆γуμ‐уд◇

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