想い




貴方の、淋しげなその眼差しを
知ってしまったから
俺は目を、離せない



               また、見てる。
 仕入れ作業が終わり、裏口から帰ろうとしたトキノは動きを止め暫し彼の方を見ていた。
 長く美しい銀髪を靡かせて性分からか口を閉ざしたまま。
 彼の薄青の隻眼は、この宿の看板猫になりつつある一匹のオスを静かに映していた。
 幸せそうなその姿を目で追いながら、その実話しかけることはしない。
 反対に看板猫の方が話し掛けている数が多いはずだ。
 「ライ、待たせちゃて悪かったな。はい、鍵」
 幾分大人にはなったものの、まだ大分幼さの残る笑顔を彼、ライに向けるこの宿の看板猫、コノエは、トキノの幼馴染のようなものだ。
 火楼に住んでいた時から色々と話したり遊んだりした猫は、ここ暫くの間にかなり猫として大きく成長していた。
 ひとえに此処の宿の主を支える為だろうとは思うものの、本当に健気だとトキノは思う。
 「あぁ。……だいぶ、"おかみ"らしくなってきたんじゃないのか?」
 だから、少しの間でも一緒に過ごしていたライが惹かれているというのも頷けると思った。
 先に出会ったのはライの方だったから。
 てっきり、ライとコノエが結ばれるのだと思っていた。
 ライがコノエを不器用ながら大切に思っているのは、傍から見ていて知っていたから。
 でも。
 運命は意地悪だと思う。
 こんなに優しい猫だったのに、結局コノエが選んだのは違う猫。
 彼もまた優しくて大切にしてくれる猫だとは分かっている。
 コノエが、幸せならそれで良いと理解している。
 しかし思いを断ち切れず切なげに眉を寄せるライの顔を見てしまったから。
 彼を放っておけなくなったのだ。
 「なっ!俺はオスだ!」
 「ムキになるな、冗談だ。馬鹿猫」
 トキノの視線の先で些細な会話を楽しむように無口な猫がふわりと笑みを浮かべる。
 普段あまり笑わない彼の笑みは美しくて、そして一緒に居るコノエの笑顔は可愛くて。
 この笑顔を目当てにくる宿泊客も実は少なくないと聞いたことがあった。
 ちょっと分かるけどね。
 トキノはそんな二匹を見つめ、瞳を細めた。
 それからまだ残っている仕事を思い出して止まっていた足を再び動かした。



初めて会った時 覚えてますか?
俺は今でも 覚えているんですよ



 陽の月が西に傾く頃、漸く今日月分の配達が終わりトキノは家路についていた。
 レンガが陽の月で赤く染まっている。
 時間も遅くなってきたにも拘らず依然として変わらぬ市場の賑やかな空気の中、不意に前方で見知った影が飛び込んできた。
 「ライさんっ!」
 その背に声を掛けながら、気が付けばトキノは駆け出していた。
 彼も気が付いてくれたらしく足を止めてトキノの方を振り返ってくれた。
 赤く染まった陽の月を背にした白猫は、やっぱり美しくて。
 「今、帰りですか?」
 姿に圧倒されたのか、トキノは軽く息を弾ませながらそれしか訊ねられなかった。
 「あぁ。今日月聞ける事は大分聞いて回ったからな」
 これから宿に戻る所だ。
 瞳を軽く伏せながら答えるライを見上げながら、トキノはその顔にコノエの姿が映っている事を感じた。
 縛られている。
 小さく頭の片隅で呟く自分の声が、遠くで微かに響いている。
 「そうなんですか。俺も、今日月はもう終わったんですよ」
 わざと気付かない振りしてトキノはライに微笑みかけた。
 しかしそれ以上続くはずもなく、会話が終わる。
 気まずい沈黙がトキノの傍を駆け抜けていった。
 「そうか」
 「あ、待ってください!あの、これ」
 ライが踵を返そうとしたのを慌てて止める。
 コレ、と言いながらトキノは自分のズボンのポケットの内を探っていた。
 確か、もし会えたら渡そうと思っていたものを此処に仕舞っていたはずだ。
 ごそごそと探り、それを掴んでライの方に差し出す。
 「…………?」
 僅かに首を傾げたライがトキノに促されるように手を出した。
 その上に、ポトポトと数個の、明るい紫の木の実が転がった。
 「前、この木の実を美味しそうに食べていたのを見かけたもので。良かったら、どうぞ」
 無邪気に微笑んでそれだけ言うと、トキノはそれじゃあとライの元を駆け足で離れていく。
 頬が、上気していた。
 こんな子猫みたいな青臭い感情を抱くことなど、久しぶりだった。
 「…………やばい。俺、ライさんの事好きになったかも、しれない」
 猫の波をすり抜けながらトキノはぽつりと呟いた。
 目の前の赤い陽の月が、眩しかった。

FIN





あ、逆っぽい。 でも私の中でトキノさんの方が攻めです。 トキノ×ライとか激しく萌えるんですが。
やっぱり、どマイナーですか。そうですか。すみません。 トキノならライを安心して任せられると思ったんです。(お前はいつライの親になったんだ)
普段、精神的に追い込む真似しかしていませんが、実際甘酸っぱい話も大好きです。
◆γуμ‐уд◇

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